日本テニス界の2大レジェンド 松岡修造とクルム伊達公子

レジェンド

日本テニス界のレジェンドと言えば、松岡修造とクルム伊達公子を抜きに語ることはできません。2人とも1980年代から1990年代にかけて日本のテニス界を牽引してきた名選手です。

松岡修造は1986年からプロテニスプレーヤーとして活動を始め、1988年には世界ランク100位入りを果たします。その後、手術を2回行うなど怪我に悩まされることも多くありましたが、必死にリハビリをこなして前線へと復帰。
その努力が実を結び、1995年にウィンブルドン選手権のベスト8に進出しました。惜しくも4大大会制覇はありませんでしたが、日本国内における彼の人気と知名度は高く、引退後もスポーツキャスターとしてテニスだけにとどまらない幅広い活躍をしています。

一方のクルム伊達公子は日本のみならず、アジア女子のテニスプレーヤーのレジェンドとしても歴史にその名を刻んだ選手です。
2016年にカーレーサーのミハエル・クルムと離婚したため、2019年現在は元の伊達公子名義に戻して活動をしています。伊達公子は1989年高校卒業と同時にプロに転向し、翌年の1990年には早くも全豪オープンで4回戦進出を果たします。1993年には全米オープンでベスト8に進出するなど、着実に実力をつけていきました。1994年には日本人女子選手初の世界ランキングトップ10入りを果たします。ランキングは最高4位まで上がり、大坂なおみ選手が2019年に世界ランキング1位になるまで伊達公子の世界ランキング4位は日本人女性最高記録でした。
1996年に一度引退し、2001年の結婚を経てクルム伊達公子名義で活動するようになります。
2008年に復帰した後は2017年の引退宣言まで現役生活を続け、前向きにトレーニングに励み、若手選手たちとの熱戦が多くの人の心をつかみました。